褒めることで勇気をくじいている アドラー心理学

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褒めることで勇気をくじいている アドラー心理学

2019年09月02日  
「嫌われる勇気」※で有名になったアドラー心理学。

アドラーは、褒めてはいけない、褒めることは勇気をくじくことだと言っています。

良い対人関係を築きたければ、上下の関係ではなく横の関係を築かなくてはいけない。

そのためには、褒めてはいけないし叱ってもいけないそうです。

これには、私も激しく同意です。

対して努力していないのに褒められると「この人はこのくらいの努力で満足してくれるんだ」と思って手を抜こうと思います。

逆にすごく努力して褒められると「ここまで努力しなければ自分に価値はないんだ」と自分を追い詰める結果になります。

いずれにしても、「良い」「悪い」の判断を他人に任せてしまっている状態です。

では、褒めないコミュニケーションが素晴らしいコミュニケーションなのでしょうか?

アドラーの言う、「褒めてはいけない」と言う言葉の本質についてお話します。

▼目次
本当に褒めることは間違っているのか
褒める場合と褒めてはいけない場合の違いとは
「すごいね!」は褒め言葉なのか
無意識に人をバカにする日本人
誰にでも横の関係を築くべきか

※嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え
初版発行: 2013年12月12日
著者: 岸見一郎、 古賀史健
発行日: 2013年12月13日

本当に褒めることは間違っているのか


「なんてことだ!今まで部下や自分の子供に褒めて伸ばしてきたのに!それが間違いだったのか!?」

と思う方もいらっしゃるかもしれません。

ここで注意が必要なのが、アドラーは会社組織の話はしていないということです。

あくまで、個人が幸せに生きるためにはどうするべきかという話をしているのです。

個人が幸せに生きるためには、隣人と良好な人間関係を築かなくてはならない。

何故ならば、全ての問題は対人関係にあるからだと。

しかし、会社組織は誰かと仲良くなるために存在しているのではありません。

経営学の父と言われるドラッカーによれば、「会社とは顧客を想像し、イノベーションを起こすことこそが存在意義(出展:マネジメント 基本と原則※より)」なのだそうです。

部下の勇気をくじき、会社の命令を忠実に聞かせることで、売り上げを伸ばし社会に貢献することもあるのです。

実は、正しい依存こそがマネジメントの基本なのです。

依存とマネジメントの関係はこちらの記事を参考にしてください。

依存がマネジメントを成功させる

※マネジメント 基本と原則
初版発行: 2001年12月13日
著者: ピーター F. ドラッカー
出版社: ダイヤモンド社; エッセンシャル版 (2001/12/14)

褒める場合と褒めてはいけない場合の違いは

褒める場合と褒めてはいけない場合は、どんな関係を築きたいかによって判断します。

もし、友人や家族のように深い関係を築きたい、一緒に幸せな時間を過ごしたいと思うなら、褒めてはいけません。

あなたの友人から「よく頑張ってね。偉いよ。」と言われたらムカつきませんか?

なんでお前に上から目線で言われないといけないんだと思うはずです。

私たちは上下の関係ではない、横の関係を築いているからこそ、一緒にいて心地よいと感じるのです。

良くある議論が、自分の子供を褒めてはいけないというものです。

ですが、私は”ある程度”褒める必要があると考えています。

何故ならば、家族という構成も組織の一部だからです。

組織には規律が必要です。

規律を守らせるには、信賞必罰にしなければなりません。

どの程度、規律を重要視するかは各家庭によって違うと思いますが、例えば家訓などを作って共通認識として規律を守るようにするといいと思います。

このように、組織としての機能を求めるなら、褒めるコミュニケーションが適切でしょう。

良い行動をすれば褒めて、悪い行動をすれば叱る。

何が良くて何が悪いかは、組織のルールが決める。

組織のルールに則した行動かどうかは、マネージャーの立場の人間が行う。

結局のところ、規律と人間関係のバランスをどうするかによって、褒めるべきか、褒めないべきかが変わります。

「すごいね!」は褒め言葉なのか

例えば、営業の新入社員が半年間1件も契約が取れなかったのに、今月は10件の契約が取れたら、きっと周りの人は「すごいね!」って言います。

仕事の成果や姿勢に対して、「すごい」「素敵だね」と言う言葉は褒め言葉に当たるのでしょうか?

実は、何が褒め言葉かと言うのは言葉を受け取った人間がどう感じるかによって変わります。

「すごいね!」と言われて、チームに貢献できたと感じるのか、チームメンバーと比較されたと感じるのか、それは言われた人にしかわかりません。

だから、賞賛の言葉を言う時には、主語が「私」になるように注意することが必要です。

「”あなたは”すごいね!」と言うのではなく、「"私は"すごいと感じた」と言うと、多くの人は褒められたというより、貢献したと感じ易くなるのです。

日本語だとついつい主語を省略してしまいがちになりますが、誤解を招かないように"私は"と主語も含めて伝えることが大切です。

ただし、表面上のテクニックばかりに注目して、あからさまな態度で上から「私はすごいと思うよ」と言ってもバカにしているように聞こえます。

大切なのは、自分が相手と横の関係を築いているという実感です。

「この人を尊敬している」「一緒に過ごすことが好きだ」と心から思えていなければどんな言葉も伝わりません。

決して、上部のテクニックを身につけようとするのではなく、目の前の相手と横の関係を築きたいという思いで接するようにしてください。

無意識に人をバカにする日本人

自分は、人を褒めたりしていないから関係ないと思いましたか?

「お前は偉いねー」なんて言ってバカにしていないから大丈夫。

むしろ今の上司や家族がそんな態度だからダメなんだよな。

もしこう思っているなら、褒めるという行為で人をバカにするのと、けなすという行為で人をバカにしていることの違いでしかありません。

そもそも、人をバカにする行為だから褒めてはいけないと言っているのです。

「あいつがあんなだからダメなんだ」

と自分の価値観で善悪を決めつけ、心の中で人を批判する。

心と体は密接に関係がありますから、それが態度に出てなんとなく周りと険悪な雰囲気になる。

言葉に出していないからいいとか、迷惑をかけていないからいいとか、そういう話ではありません。

褒めてはいけないという話の前提には、「ありのままの姿を受け入れよう」という主張があるのです。

アドラー的に言うと「課題の分離」です。

褒めるとか叱るという行為の背景には、相手を意のままに動かそうと言う気持ちがあります。

「私の言う通りにした方が相手のためになるから」と考えているわけですね。

しかし、何か問題があるのだとしたらそれは相手の問題であなたの問題ではありません。

相手の課題を土足で踏み込んでなんとかしてやろうなんて傲慢すぎやしませんか?

先も言ったように、心の中で思っただけでも同じことです。

「あいつはああだからダメなんだ」と思うのは、相手の課題を勝手に良い、悪いと自分で判断しています。

そうではなく、相手の価値観や人生を認めてあげて欲しいのです。

これまでの人生、きっと辛いことも楽しいこともあったでしょう。

映画のように華やかではないかもしれませんが、価値のある人生を送ってきているはずです。

そう思うだけで相手のことを尊重できるはずです。

もし、何か困っている様子だったら、自分のできる範囲でいいので手を差し伸べてあげましょう。

見て見ぬ振りをするのは、相手を見下している行為そのものなのです。

なんでもかんでも助ければいいと言っているのではありません。

自分のできる範囲でいいので、ただ困っている人を助けてあげてください。

それが相手を尊重すると言うことです。

誰にでも横の関係を築くべきか

もし、あなたが「この人の価値観は好きになれない!」と思うのであれば、横の関係を築く、つまり相手を尊重しようと思わなくてもいいのです。

誰が好きで、誰が嫌いだという判断はあなたがすればいいのです。

嫌いな人を無理に好きになる必要はありません。

日本の小学校では、「みんなと仲良くしよう」とか「誰にでも優しくしよう」と言うことを教わりますが、そんなものは正しい人間の姿ではりません。

それこそ、AIを使ったコミュニケーションロボにでもさせればいいことです。

ロボットと言うのは人間の支配下にあるのでそれが正しい姿なのです。

しかし、私たち人間は、何をするか、何を感じるかと言う決定権は、私たち個人にあるのです。

嫌いだと思う人を親や教師に「仲良くしろ!」と言われて好きになると言うのは間違っているのです。

誰を好きで誰を嫌うかと言うのは、あなたの課題なのです。

土足で他人につけ込ませないようにしたいものです。


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